むらかみはただ楽しく生きたいだけ

ADHDのような気がする。そんなもどかしさを文字にしてみた。

ADHDの私が今までの人生の失敗体験を振り返ってみる【暗黒の高校→予備校→職業訓練時代】

 

どうも、村上です。

 

ADHD発達障害についてのブログを書くにあたり、まずは私の人生を知ってもらおうと思ったのでざっくり書いてみました。

ADHD故の失敗の話を中心としてる為、壁にぶち当たってばかりの話で我ながら書いてて陰鬱になりそうなもんですが、案外そうでもない。今まで誰にも言わずに抱え込んできたツライことを吐き出す作業って結構スッキリ爽快なもんなんだなって思いました。

結構長いですがこれでも前編。職業訓練修了後の後編も近いうちに書きます。 

 

※いろいろ自分で調べてみた結果、もしかして私はADHDではないか?と自覚したばかりであり、まだ正式には診断されてない状態です。近いうちに病院で診断を受けるつもりですが、今はADHDだという前提で話しますのでご了承ください。

 

高校時代から大学に行くことは考えていませんでした。

その頃は特に勉強したいこともなく、実家も経済的に余裕があるとは言いがたい状況だったこともあり就職を考えていました。

それとなによりも早く自立して一人暮らしをしたいという気持ちが強かったからです。

実家は愛はあるものの、みんなどことなく精神的に脆い、ヒステリックなところがあり、毎日口喧嘩が絶えないギスギスした家が正直私はとても苦手でした。

 

しかし親やおばあちゃんからは、

「奨学金制度もあるんやし、大学に行くべきや!」と散々言われていました。

おばあちゃんからはむしろ、

「奨学金は借金やから借りたらアカン。私が払う」

と言われていました。

 

おばあちゃんからすると、高卒だとロクな職に付けないという心配があったのです。

だったら公務員を目指せばええやんか!高卒でも公務員だったら安定してるしばあちゃんも納得するやろ!と思い、公務員試験を受けた結果、

 

受かりました。

 

それもいくつも。

 

それもすべて一次試験のペーパー試験だけ。

 

今となっては黒歴史ですが、初めて受けた面接では頭が真っ白になって泣きだしてしまいました。そして面接官による問いに対し、用意していた台詞がすべて吹っ飛んで、ガチの本音が出てしまいました。

 

「公務員なら職員寮に入れるから高卒でもすぐに家から出れると思って…うえーん!」

 

それも泣きながら。

 

当たり前ですが職員ドン引きです。

 

それ以外の面接では「泣かなくなった」ものの、頭が真っ白になり、まともな受け答えが全くできず、あえなく全滅。

そして家族の一押しもあって高校卒業した後は、公務員試験を受ける為の予備校に入学することにしました。

 

 

だがしかし、試験はできるのに面接が一向に上達する気がしない。いやむしろ悪化してるような気すらする。

もともとの知り合いも全くいないので学校でも馴染めず、根暗の変なヲタクの奴と腫物扱い。上手く人とコミュニケーションも取れず、ウェイな空気に馴染めずもはや予備校に行くことすらかなりツライ。

そして、その年に受けた試験で無事全滅した結果、登校拒否になり、そのまま休学しました。

「来年に向けてまた勉強してもどうせ面接で落ちるんや…それやったら予備校なんて行く意味がない」

「予備校代を無駄にしてしまった…それやったら、働きながら勉強すればよかった。働いてたら対人関係の免疫も付いて面接にも強くなってったかもしれへんのに」

 

正直その頃何をしてたのか、どうしてたのか。今からたった5年前なのにもかかわらず、今全く思い出せません。

一つ覚えてることは、友達には休学してるという事実を隠していたことです。

高校からの友達グループがほぼ全員が大学または専門学生。本当はいつでも暇なくせに遊ぶ約束をする時は「○日なら空いてるで~」←もちろん土日祝

と、本当は休学してカウンセリングに通いながらバイトしてた事実を隠していました。

(そのバイトもあまりにも仕事ができなさすぎてツラかったのはまたのお話で)

 

ですがさすがに公務員試験に全滅した事実は隠せない。

高校卒業して予備校に入った年の11月にすべての結果がわかり、12月から登校しなくなり、 同時期くらいからバイトに勤しみ、そして1年が経ち、19歳の2月に休学から中退手続きを終え、書類を揃え、職業訓練校に行きました。

職業訓練校は無料で受講できるのですが、収入の水準を満たせていない者にはさらに職業訓練校に通っている間一ヶ月につき10万円の支給が受けることができます。

私はバイトしかやってなかったので交付金の対象者になれました。

自分や家族の収入を証明するために、いろんな書類や給料明細を集めまくる作業がめちゃくちゃツラかったです。

その中でも失くした給料明細(ほぼすべて)を過去のバイトや派遣先に出してもらうよう申請することの腰の重いこと!

派遣会社は給料明細がメールのことがほとんどなのでメール探してコピーするだけでよかったのですが、バイトだとだいたい紙みたいじゃないですか。(アナログ滅せ)

ADHDあるある「書類が保管できない」に加え、

だいたいどこで働いても仕事ができなかったり、人間関係で躓いてもう一生戻ってこれねえな…みたいなことばかりなので、個人的に顔を出すのが怖い。

そしてバイトを辞めた後、制服をクリーニングに

「出さない・受け取りに行かない・職場に返しに行かない」

の先延ばし魔のスリーコンボによって、だいたい返しに行った時に遅すぎると滅茶苦茶怒られるか、返しに行く前に電話がかかってきて早くしろと滅茶苦茶怒られる。

そんな「立つ鳥跡を濁しまくり」な別れ方ばっかりしてたせいで、給料明細の再発行に行くのが本当に嫌で嫌で……。

しかも何度も何月のどこの仕事の明細がないのかわからなくなるわ……。

 

とまあ長くなりましたが、こーゆー作業って苦手やね。って話でした。

 

 

そして職業訓練校に無事入校することが決まりました。

面接とタイピング試験。ぶっちゃけ両方とも出来に自信は一切なく、落ちることも覚悟してたので受かって嬉しかったです。

交付金月10万は譲れないし、それにともなう苦痛の書類集め作業が無駄にならなくて本当によかったなと。

 

初日は簡単な自己紹介と簡単な経歴。頭の中で練りまくった自己紹介がわりとスラスラ言えたあたり、この時点でも去年よりは落ち着いたかなって嬉しくなった記憶があります。(それでも比較的というだけですが)

「始めまして。村上です(村上は仮名です)高校時代に○○、予備校時代に○○と○○、短気の派遣で○○や○○もやってました。高校生の時も予備校時代も面接で全滅したのでここにきました。よろしくおねがいします」

 自己紹介に対してランダムに選ばれた生徒が感想を言うのですが、

「村上さんは面接で落ちたって言ってましたが、その前の筆記試験はパスしたってことですよね?」

「まあ、はい。そうです」

「すごいじゃないですか!私も実は高校生の頃受けたんですが筆記試験全滅しましたよ。しかもある程度勉強したのに。今の自己紹介も19歳とは思えないほど落ち着いて見えましたよ」

 

結論から言うと、職業訓練校はとても楽しかったです。

職業訓練校というのはシステムのおかげか、いろんなバックグラウンドを持った、良い意味で変わった人達が多かったおかげで居心地が良かったです。

後は人生で初めて自分から声をかけて一緒に入れる友人を作ることができ、教室の中での居場所を作ることができました。

きっかけはさっき言った自己紹介でラブライブの話をした男性がいたので、話しかけるならもうコイツしかいない!と思ったわけです。しかもすでに同じ考えで話しかけたであろう女性と話していたので、余計にイケる!と思ったわけです。

「あ、あの!ラブライブが好きって言ってましたけど、私も好きで…だ、誰惜しですか!」

 

「え!?そうなん!あの、僕は星空凛ちゃんが好きです」

 

「えええええ一緒です!私も凛ちゃん推しだにゃ~~~!!!」

(ここテンション上がりすぎて凛ちゃんの真似をするというクソ痛い空回りポイント)

9人メンバーがいる中でまさかの推し被り。

しかも悲しいかな凛ちゃんはメンバーのなかでもあまり人気キャラとは言えない子なのでお互いびっくりでだって可能性を感じたんだ。

「ウチはラブライブ見てないんやけどね。いつか見てみようかな。私○○よろしくね」

こうして当時私19歳は当時25歳の2人とオフで遊びに行くくらいには仲良くなり、結構年下ということもあって後輩のような感じで甘やかされながら楽しく日々を過ごしてましたとさ。

 

(そして余談だが、私以外のこの2人が実はオフの日3人で遊びに行った時をきっかけに交際を始め、そして職業訓練校を卒業した後に女性の方と会った時、そのラブライバーの方の男性はもともと彼女がいたことに浮気相手として手を出されてたと気付いたのはかなり最近で、だけど関係を切るのは嫌でどうすればいいかわからないみたいな話を聞いてしまって怖えなって思いました。まあ雰囲気的にデキてるのは薄々察してたけど)

 

とまあ、友好関係はとても順調だったものの、授業は正直ツラかった。

私が選んだのは「デジタルデザイナーコース」パソコン関係のデザインやPOPやWebの作成の授業なのですが、まあ、びっくりするほど、センスがなかった。

 

何を作っても「なんかすげーダサい!」と発表するのが毎回怖い始末。

 

全然アイデアが浮かばないので閉め切りに間に合わすにも一苦労。

 

あとそもそもパソコンでチマチマイジイジする作業が眠たくてたまらない。

授業中は恥ずかしい話ほとんど寝ていました。隣がラブライバー男だったのですが、

「村上ちゃんの画面が暗くなるたびに俺がマウスを動かしてたんやで」と言ってました。ガチ寝やないか。

うとうとしてはハッとして「今どこまで進んだ!?」と隣のラブライバー男にヘルプを求める日々でした。

 

 

職業訓練校では就職に向けて「自分を知る」為の授業があるのですが、それは楽しいと同時に難しかったのを覚えています。

なぜなら心理テストで出る私の結果は絶対に、

「明るくて前向きな人」だからだ。

 

これは意外かもしれないけど正解です。本当に素の私はわりと明るくてテンションが高い、冗談を飛ばしまくるお調子者だからです。

そしてこういう診断結果ででてくる「あなたに向いている職業」はだいたい「接客」なのだ。

 

ツライ記憶は過去の物にしてしまい、痛みを忘れ(ようとし)てしまう。接客で散々痛い目を見てきたのにも関わらず、今のひたすら座ってパソコンを弄る作業はかなり苦痛。身体を動かさないから運動不足で夜眠れないし、やっぱり私はある程度身体を動かす仕事の方が向いてるのかもしれない……。

 

と思ってしまったんですよね。

 

で、職業訓練校ではわりと「年下のちょっと天然な楽しい子」というわりと素に近い自分のキャラクターおかげで就職担当者にも「あなたはパソコンの授業もあまり向いてなさそうだし、接客のお仕事が向いてるのかもね」と言われたのですよ。

 

確かに、その通りです。私は仕事ができさえすれば、接客業務は実は好きなんです。

 

なので私も思っちゃったのですよ。

 

「そうか!接客下手だったから怒られてばっかでツラかったけど、できるようになったら楽しいよな!事務系の仕事してる自分あんま想像できへんし、正直ずっと座りっぱで動かれへんのはなんかイライラするしツラいわ!(ここADHDの多動性感)」

 

そんな感じで、実は6カ月間あった職業訓練のうち、後半2カ月は研修も含む本格的にWebデザインを学びたい人向けのカリキュラムだったわけで、それ以外の就職を考えてる人はそれまでに就活をして受かったら「修了」する人も半分くらいいました。

私もその半分であり、就職に向けてキレながら履歴書を手書きで書いてました。

 

(履歴書の手書き文化なんて無駄of無駄であり、もはやADHDを社会のザルからふるい落とす為の陰謀としか考えられん!)

 

面接にて。

「村上さん。履歴書のここの部分二重線で消してるけど、普通修正液使うもんやと思うけど?」

 

「(えええだって職業訓練校で間違えたら修正液使ったらアカンってゆうとってやん…まあほんとは書きなおすべきやねんけどもう時間がなかったんよなあ)

 

すいません。これからはそうしようと思います。」

 

「そうか、どんな言い訳が返ってくるかなって思うたけど、村上さんは素直な子やね。試すような真似してごめんね。」

 

素直なのがウけたからなのか、単に家が近くて交通費かからないからか、

わからないけど受かりました。

 

(今ならわかる。人数足りてなかったから別に誰でも高確率で受かってたと)

 

 

そしてこの店で働く事になってからも、なんかやたらとこの面接の人(実は店のオーナーだった)に気にいられてたわけですが、最初に気にいられてしまうと、ポンコツが露見しはじめて、あれっコイツもしかして使えねえな?ってなってからがとても怖かったりする。

 

まあその話は後編に続く!